哲学概念

実存主義・弁証法ほか

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他者論とは、ヘーゲルの精神現象学(1807年)からレヴィナスの全体性と無限(1961年)まで、他者をどう捉えるかをめぐって積み重ねられてきた問いである。SNSのコメント欄で価値観の違う相手と言葉を重ねてもすれ違い、AIとの会話でも手応えのなさが残るとき、その感覚こそが他者問題の入口になります。

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普遍論争は、普遍が名前を超えて実在するのかをめぐる中世哲学の争点であり、3世紀末のポルピュリオスエイサゴーゲーに記された問いを起点に、11世紀から14世紀のスコラ学で激しく論じられました。

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パラダイムとは、ギリシャ語 paradeigma(模範・手本)に由来し、1962年にトーマス・クーンの科学革命の構造によって「ものの見方の枠組み」として定着した概念です。

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物自体は、18世紀ドイツの哲学者カントが純粋理性批判(1781年)で打ち出した、私たちが認識する前の「ありのままのモノそのもの」を指す概念です。哲学カフェで「目を閉じても、見えていない時にコップは存在すると思いますか」と問うと、ほぼ全員が「する」と答えますが、その素朴な確信こそが、

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ニヒリズムとは、世界や人生に絶対的な価値、意味、真理は存在しないと考える哲学的立場である。語源はラテン語の nihil(無)にあり、1799年のヤコービ、1862年のツルゲーネフ父と子を経て広まったこの語は、単なる「冷めた態度」ではなく、価値そのものを問い直す概念として理解する必要があります。

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経験論と合理論は、17〜18世紀のヨーロッパで「知識はどこから来るのか」をめぐって鋭く対立した二大潮流である。大陸ではデカルト、スピノザ、ライプニッツらが理性と演繹を重んじ、イギリスではベーコン、ロック、ヒュームらが経験と帰納を軸に考えました。

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心身問題とは、心(意識・感情・思考)と体(脳・神経・物質)がどう結びつくのかを問う、心の哲学の中心的な難問です。コーヒーが熱いと感じて思わず手を引っ込める、その一瞬には感覚という心の出来事と腕が動くという物質の出来事がつながっています。

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アプリオリとは、経験に先立って理性だけで確かめられる認識を指す言葉で、たとえば「三角形の内角の和は180度」や「独身者は結婚していない」のように、観察や実験を持ち出さなくても筋道で真偽を見きわめられるものです。

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アウフヘーベンは、ドイツの哲学者ヘーゲル(1770年シュトゥットガルト生〜1831年ベルリン没)が弁証法の中心に据えた概念で、日本語では止揚、あるいは揚棄と訳されます。語源の aufheben には、廃棄する・保存する・高めるという三つの意味が同居しており、この一見矛盾した重なりこそが概念の核心です。

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SNSの偽情報やDALL·E 3のような生成AIの画像に日々触れていると、「では、何が確実だと言えるのか」と足元が揺れる瞬間があります。我思う、ゆえに我ありは、そんな不安を打ち消す自己肯定の標語ではなく、デカルトが方法的懐疑のただ中でつかんだ第一原理、いわゆるコギト命題です。

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哲学カフェで初学者に「100字で弁証法を説明してください」とお願いすると、たいてい最初に出てくるのが「正・反・合で、真ん中を取る考え方です」という答えです。そこでつまずきやすいのは、弁証法を折衷案づくりだと思ってしまう点でした。

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筆者が主宰する哲学カフェでは、弁証法の話になるたびに「要するに対立意見の折衷ですよね」という反応が繰り返し出ます。けれども、弁証法はもともと古代ギリシアの対話術を指す言葉で、ヘーゲルにおいては矛盾と否定を通じて概念や歴史が自己展開する論理へと組み替えられました。