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思想家

『道徳感情論』は1759年、36歳のアダム・スミスがグラスゴー大学で道徳哲学教授を務めていた時期に刊行した処女作で、1790年の第6版まで改訂が続いた長い本です。『国富論』より17年早く出たこの書を先に置くと、スミスが「経済学の父」や「見えざる手の人」としてだけでは捉えきれないことが、

哲学概念

ソシュールの記号論は、音のかたちであるシニフィアンと概念であるシニフィエを分けて考えるところから出発します。哲学カフェで「湯」を英語に言いかえようとして、参加者と hot water しか出てこなかったことがありましたが、日本語で一語だったものが英語では二語になる、その切れ目の違いこそがこの考え方の入口です。

哲学概念

死とは、エピクロス、ハイデガー、ナーゲル、プラトンらの議論が重なり合って見える一方で、実際には「何をもって死とするか」「死は悪いのか」「有限な生をどう生きるか」という三つの問いに分かれる哲学の主題である。

哲学概念

クオリアとは、赤の赤らしさや痛みの痛みらしさのように、経験そのものに伴う主観的な「感じ」を指す概念である。20世紀前半に哲学へ定着したこの語は、1995年に提唱され1996年に体系化された意識のハードプロブレムへとつながり、

哲学概念

悪の問題とは、全能・全知・全善の神がいるのに、なぜこの世界に悪があるのかを問う古典的な哲学の論点です。哲学カフェで「悪とは何か」から始めると、議論が30分ほどで必ず「神がいるならなぜ悪があるのか」に流れ込み、概念定義と神の問題を分けないと話が止まることを、そこで身をもって知りました。

哲学概念

帰謬法とアナロジーは、推論の代表的な型でありながら、性質は見事に対照的です。帰謬法は「反対だと仮定したら矛盾する、だから正しい」と確かめる間接証明で、アナロジーは「似ているから同じはずだ」と未知へ手がかりを伸ばす発見的推論であるため、両者を並べると議論の見え方が一気に整理されます。

思想家

『善の研究』は、西田幾多郎が41歳のときに著し、1911年に刊行した処女作である。タイトルから道徳の本を想像すると少し身構えますが、中心にあるのは「純粋経験」という、主観と客観が分かれる前の直接的な経験です。

思想家

武士道は、新渡戸稲造が1900年前後に英語で世界へ紹介した日本人の倫理体系であり、『武士道 日本の魂』を軸に七つの徳を整理すると、その輪郭ははっきり見えてきます。侍が消えた現代になぜ武士道が語られ続けるのか、と考えたとき、答えはこの本が義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義を一つの体系として言語化し、

思想家

『君主論』は、ニッコロ・マキャヴェッリ(1469〜1527)が1513年ごろに書き、死後の1532年に刊行された全26章の政治論です。冷酷な帝王学として語られがちですが、本書の核心は、政治を宗教や道徳から切り離して考えた点にあり、そこから近代政治学の起点とみなされてきました。

思想家

ジョン・スチュアート・ミルは、1806年生まれのイギリスの思想家であり、1859年の『自由論』で個人の自由にどこまで干渉できるかという問いに、他者危害原則という明快な線引きを与えた人物です。

思考実験

ゲティア問題は、1963年に発表されたわずか3ページの論文が、知識とは何かという問いに突きつけた認識論の難問です。プラトン以来2300年近く、「真・信念・正当化」の3つがそろえば知識だと考えられてきましたが、その前提はここで崩れます。

哲学概念

パノプティコンは、18世紀末にイギリスの功利主義者ジェレミ・ベンサムが構想した、一望監視施設としての監獄建築である。1791年に詳細が刊行され、中央の監視塔から放射状の独房を見渡せるこの仕組みは、ギリシャ語で「すべてを見る」に由来する名のとおり、