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ソクラテスからニーチェまで

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『道徳感情論』は1759年、36歳のアダム・スミスがグラスゴー大学で道徳哲学教授を務めていた時期に刊行した処女作で、1790年の第6版まで改訂が続いた長い本です。『国富論』より17年早く出たこの書を先に置くと、スミスが「経済学の父」や「見えざる手の人」としてだけでは捉えきれないことが、

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『善の研究』は、西田幾多郎が41歳のときに著し、1911年に刊行した処女作である。タイトルから道徳の本を想像すると少し身構えますが、中心にあるのは「純粋経験」という、主観と客観が分かれる前の直接的な経験です。

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武士道は、新渡戸稲造が1900年前後に英語で世界へ紹介した日本人の倫理体系であり、『武士道 日本の魂』を軸に七つの徳を整理すると、その輪郭ははっきり見えてきます。侍が消えた現代になぜ武士道が語られ続けるのか、と考えたとき、答えはこの本が義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義を一つの体系として言語化し、

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『君主論』は、ニッコロ・マキャヴェッリ(1469〜1527)が1513年ごろに書き、死後の1532年に刊行された全26章の政治論です。冷酷な帝王学として語られがちですが、本書の核心は、政治を宗教や道徳から切り離して考えた点にあり、そこから近代政治学の起点とみなされてきました。

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ジョン・スチュアート・ミルは、1806年生まれのイギリスの思想家であり、1859年の『自由論』で個人の自由にどこまで干渉できるかという問いに、他者危害原則という明快な線引きを与えた人物です。

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ストア派とエピクロス派は、アレクサンドロス大王の死後に広がったヘレニズム期の不安のただ中で生まれた、ほぼ同時代の兄弟のような思想です。ゼノンとエピクロスは前4世紀末から前3世紀にかけて、それぞれ違う道から「個人がいかに心の平静を保つか」という同じ問いに向き合いました。

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メルロ=ポンティは、1908年に生まれ1961年に53歳で亡くなった20世紀フランスを代表する現象学者で、「身体の哲学者」と呼ばれます。デカルト以来の哲学が「考える私」を中心に置いてきたのに対し、彼は世界と最初につながっているのは精神ではなく生きられた身体だと捉え直しました。

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パスカルは、1623年にクレルモンで生まれ、39歳で没したフランスの数学者・物理学者・思想家である。10代から才能を示して機械式計算機を作り、確率論の基礎にも関わったこの人物は、1654年の宗教体験を境に、人間と信仰の本質を問い続ける探究者へと姿を変えました。

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レヴィナスは、1906年にカウナスで生まれ、1995年にパリで没した20世紀ユダヤ人哲学者であり、第二次大戦と家族のホロコースト犠牲を背景に、他者への責任を哲学の中心へ押し出した思想家です。

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ハンナ・アーレントは、1906年にドイツのハノーファーで生まれ、ナチスの台頭で亡命を迫られたのち、1951年にアメリカ市民権を得た政治理論家です。彼女の思索は、なぜ普通の人間が全体主義のような怪物的な事態に加担してしまうのか、という問いを軸に貫かれています。

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ミシェル・フーコー(1926-1984)は、知・権力・主体を根本から問い直した20世紀後半フランスを代表する思想家です。1926年にポワチエで医師の家系に生まれ、1970年にはコレージュ・ド・フランスで「思考システムの歴史」講座教授に就任したフーコーは、何を問うた人だったのかという輪郭を、

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ユルゲン・ハーバーマスは、1929年生まれのフランクフルト学派第二世代を代表する哲学者・社会学者で、理性を見限らずに立て直そうとした思想家です。アドルノやホルクハイマーが、戦争や管理社会を生んだ近代の理性に深い疑念を抱いたのに対し、ハーバーマスは問題を道具的に痩せ細った理性に限定し、