思想家

ハイデガー存在と時間とは?存在論入門

更新: 桐山 哲也
思想家

ハイデガー存在と時間とは?存在論入門

朝、目が覚めてスマホを手に取る瞬間、そこにあるのはただの「物」ではありません。予定、返信すべき連絡、今日の仕事、会うはずの人がすでに絡み合った意味の網の目として世界が立ち現れています。

朝、目が覚めてスマホを手に取る瞬間、そこにあるのはただの「物」ではありません。
予定、返信すべき連絡、今日の仕事、会うはずの人がすでに絡み合った意味の網の目として世界が立ち現れています。
存在と時間(1927年)は、この当たり前の感覚から出発して、人間を現存在(Dasein)として分析しながら、「存在の意味」そのものへ迫ろうとした書物です。

本稿では存在と時間前半の核心を、世界内存在から日常性、不安、死への存在、時間性へとつながる一連の流れで整理します。
また、この書物が未完のまま公刊された経緯、後年の転回(Kehre)、および1933年の総長就任とナチ党入党に関する問題は、それぞれ別個の論点として区別して扱います。

ハイデガーとは誰か|存在と時間が問うもの

マルティン・ハイデッガー(Martin Heidegger, 1889-1976)は20世紀ドイツを代表する哲学者の一人です。
1889年に生まれ、1976年に没し、主著存在と時間(Sein und Zeit)は1927年に公刊されました。
のちの実存主義や現象学、解釈学、現代思想全体に深い影響を与えた人物です。

存在者とは、何かである個々のものです。
机、スマホ、友人、樹木、そして私たち自身も存在者です。
これに対して存在とは、それらが「ある」と言えるそのあり方のことです。
筆者は初学者向けにこの違いを説明するとき、よく「舞台に並ぶ役者たち」と「その舞台がそもそも上演として成り立っていること」の違いにたとえます。
役者は一人ひとり数えられますが、上演そのものは役者の一人として数えられません。
ハイデガーが問うのは、存在者をもう一つ付け加えることではなく、存在者がそもそも現れているその「あること」の意味でした。
用語が一気に増える本なので、まずこの一枚絵を持っておくと、議論の見通しが立ちます。

存在と時間は、この「存在の意味」の問いに答えるために、現存在(Dasein)の分析から出発します。
現存在とは、単に「人間」という生物学的分類名ではありません。
自分自身の存在に何らかの仕方で関わり、存在を理解しつつ生きている存在者を指す語です。
つまり、人間分析はゴールではなく入口なのです。
ここを取り違えると、存在と時間が性格分類や内面描写の本であるかのように見えてしまいますが、実際にはそうではありません。
ハイデガーは心理学的人間論を書こうとしたのではなく、存在への問いに入るために、存在を問い得る存在者である私たちのあり方を解剖したのです。

この出発点には、近代哲学への距離の取り方も表れています。
デカルトのように「考える主体」を基礎に据えるのでもなく、フッサールのように意識に与えられる現象の構成を主題化するのでもなく、ハイデガーは、人間はいつでもすでに世界のただ中で何かに関わりながら生きていると考えました。
朝、道具を取り、予定を気にし、人と会い、約束に遅れないよう動く。
そうした日常の絡み合いのなかで、人間はまず「世界の外にいる観察者」としてではなく、「世界の内で関わっている者」として存在しています。
この見方が存在と時間全体の骨格になります。

あわせて、ハイデガーという人物には思想史上の論争点もあります。
1933年にはフライブルク大学総長となり、ナチ党に入党しました。
この事実は現在も大きな検討課題です。
ただし、その政治的問題と、存在と時間が1927年に提示した哲学上の問いとは、同じではありません。
両者を混同せず、それぞれ別の論点として扱う必要があります。

本記事で読者に目指してほしいのは、少なくとも三つの言葉を自分の言葉で言い換えられるようになることです。
現存在とは、存在を理解しつつ生きる私たち自身のこと。
世界内存在とは、人間が孤立した主体ではなく、意味と関係の網の目のなかですでに生きているということ。
時間性とは、時計の針の進み方ではなく、私たちの存在そのものが過去・現在・未来のひろがりのなかで成り立っているということです。
ここが見えてくると、存在と時間の難解さは、無秩序な専門用語の山ではなく、一つの問いに向かって組み立てられた精密な足場として読めるようになります。

ハイデガーの生涯と時代背景

マルティン・ハイデッガー(Martin Heidegger, 1889-1976)は南ドイツのメスキルヒ(Messkirch)で生まれました(伝記的情報の参照例: Britannica

第一次世界大戦後のドイツ社会は、制度も価値も揺れていました。
駅前の広場に立てば、復員兵の沈んだ表情、通りを急ぐ人々の落ち着かなさ、新聞売り場に重なる不穏な見出しが目に入る。
そうした空気のなかでは、「何を信じればよいのか」「何が生の拠りどころになるのか」という問いが、観念的な贅沢ではなく、生活の足元からせり上がる切実さを帯びます。
ハイデガーの思想は、まさにこの時代の地鳴りのなかで形をとっていきました。
存在への問いは、抽象的な学説の好奇心から出たのではなく、世界そのものの自明性が崩れた時代に、もう一度足場を探る試みでもあったのです。

その思索が大きく成熟したのがマールブルク大学時代です。
彼の講義は学生たちに強い印象を与え、同時代の若い知識人に広い影響を及ぼしました。
そして1927年、存在と時間が公刊されます。
この書物は、存在の意味を問うために、まず現存在のあり方を分析するという独特の構えを打ち出し、20世紀哲学の流れを変える一冊となりました。
翌1928年には、フッサールの後任としてフライブルク大学に復帰します。
師の講座を継ぐという事実は、ハイデガーが現象学運動の中心にいたことを示すと同時に、その中心から新しい方向へ踏み出していたことも物語っています。

ただし、彼の生涯は思想史上の栄光だけで語れません。
1933年、ハイデガーはフライブルク大学総長に就任し、同年にナチ党へ入党しました。
この事実は、その後の評価をめぐる決定的な論点であり続けています。
戦後には教職停止処分を受け、1949年に解除されますが、政治的関与をどう考えるかという問題は、それで終わりませんでした。
思想内容の分析と政治的責任の検討は区別して扱う必要がありますが、区別することは切り離すことではありません。
ハイデガーを読むとき、この緊張関係から目をそらすことはできないのです。

戦後の受容史に目を向けると、ハイデガー研究はむしろ広がっていきます。
講義録や草稿を含む全集(GA)の編纂が進み、それまで書物だけからは見えにくかった思索の展開が、少しずつ具体的な形で読めるようになりました。
講義録の公開によって、存在と時間前後の問題意識と、のちの存在史・言語・技術論への移行を連続的に追えるようになった意義は小さくありません。
刊行史の細部では、1953年の存在と時間第7版で、冒頭にあった「上巻」という表記が削除されたこともよく知られています。
これは、この書物が当初構想のまま完結しなかったことを象徴的に示す出来事でもあります。

こうした生涯を時代背景と重ねると、ハイデガーの位置はよりはっきり見えてきます。
第一次大戦後の価値の動揺、意識の厳密な記述をめざした現象学運動、その後に続く実存主義や解釈学への波及という大きな流れの結節点に、彼はいました。
通俗的には実存主義の代表者のように語られることもありますが、正確には、彼は実存主義に強い刺激を与え、同時に解釈学や現代思想にも深い影響を及ぼした哲学者です。
神学から哲学へ、現象学から存在の問いへ、そして戦後の長い論争へ――その歩み全体を見てはじめて、存在と時間がなぜあの切迫した調子で書かれたのか、その背景が立ち上がってきます。

なお「存在忘却(Seinsvergessenheit)」という語については、研究者の多くが1930年代以降にハイデッガーの著作や講義で頻用されるようになったと指摘していますが、初出の論考や年次を断定する際には一次典拠(該当講義録や論文の版・頁)を明示する必要があります。
一次出典が確認できない場合は「Sein und Zeit 以降に展開される問題意識の一端として議論される」といった慎重な表現にとどめるのが適切でしょう。

ハイデガーは、この図式そのものを問い返します。
人間はまず孤立した認識主体としていて、そのあとで世界に橋を架けるのではない。
朝起きた瞬間から、私たちはすでに予定に追われ、誰かとの約束を気にし、使うべき道具に手を伸ばし、仕事の段取りのなかに入り込んでいます。
つまり、人間の第一の姿は「考える主体」ではなく、世界のなかで何かに関わっている存在なのです。
ハイデガーの言う世界内存在は、この先立つ関わりの構造を表しています。

この違いは、単なる人間観の差ではありません。
デカルト的な出発点では、問題の中心は「どうすれば確実に認識できるか」になります。
ハイデガーの出発点では、「人間はそもそもどのような在り方で世界に開かれているのか」が前面に出ます。
認識はその一つの派生的な様式であって、もっと根底には、使う、気にかける、避ける、待つ、引き受けるといった実践的な関わりがある。
だから存在と時間は、知識の土台を築く本というより、私たちの生がどのようにすでに存在理解のうちにあるかを描き出す本なのです。

ハイデガーが伝統的形而上学を批判するとき、その矛先は「間違った学説」だけに向いているのではありません。
主客二分法によって世界をまず対象化し、そのうえで存在者を認識しようとする構えそのものが、存在の問いを見えにくくしている、と考えたのです。
対象としての世界は、世界の一つの見え方にすぎません。
私たちは本来、世界を意味連関の網の目として生きています。
椅子は単なる空間内の物体ではなく、座る、待つ、話す、休むといった行為のなかで意味を帯びている。
この意味の開けが先にあるからこそ、のちに対象的認識も成立します。

フッサール現象学との連続と断絶:意識の志向性から存在理解の様式へ

ハイデガーの出発点はフッサール抜きには語れません。
フッサール現象学は、意識がつねに「何かについての意識」であるという志向性を明らかにし、世界が意識にどう与えられるかを厳密に記述しようとしました。
この功績は決定的です。
ハイデガーもまた、思弁的な体系より、現れそのものへ立ち返るという現象学の姿勢を受け継ぎました。
哲学は抽象的な定義の積み上げではなく、経験の場で何がどのように現れているかを記述しなければならない。
この点で両者は深くつながっています。

ただし、ハイデガーはその方法を、意識の分析から存在の分析へと押し広げます。
フッサールにとって中心にあるのは、意識がいかに対象を意味づけ、構成するかという問題でした。
ハイデガーにとって中心にあるのは、意識以前に、現存在がどのような仕方で存在を了解しつつ世界にいるかという問題です。
志向性はなお主体と対象の関係を記述する語彙を残していますが、ハイデガーはその関係図式より手前に、世界内存在という事実を置きます。
人間はまず意識の内側に閉じこもっているのではなく、すでに世界へ出ている。
その開かれ方そのものが、存在理解の様式なのです。

ここに、連続と断絶が同時にあります。
連続しているのは、現れを丁寧に追うという方法です。
断絶しているのは、何を根本問題と見るかです。
フッサールが意識の構成作用を解明しようとしたのに対し、ハイデガーは、そもそも意識が対象へ向かうことを可能にしている存在の開けを問題にした。
だから存在と時間では、意識内容の分析より、日常的実践、気分、配慮、他者との関わり、不安、死、時間性といった主題が前面に出てきます。
それらは心理学的な素材ではなく、現存在が存在をどう理解しているかを示す構造だからです。

この視点から見ると、西洋哲学が存在を自明視してきたというハイデガーの見立ての意味もいっそう鮮明になります。
存在者を対象として捉える理論、意識の作用を分析する理論、そのどちらも豊かな成果を残しました。
しかしハイデガーは、そのどちらも「なぜそもそも何かが、あるものとして現れているのか」という問いには届いていないと考えたのです。
存在者と存在の区別を引き受けるとは、世界にあるものをもう一度見直すこと以上に、私たち自身の問い方の癖を疑うことでもあります。
空室の静かな椅子を前にして、「椅子がある」と言えてしまうその当然さの底で、何がすでに了解されているのか。
ハイデガーの哲学は、その足場のほうを見つめ直そうとします。

現存在(Dasein)とは何か|人間を世界内存在として捉える

定義を明記

ハイデガーが人間を指すために用いる現存在(Dasein)は、単に「そこにいる存在」という中立的な呼び名ではありません。
現存在とは、自分自身の在り方が自分にとって問題となる存在者のことです。
石や机は、自分がどう在るかを気にしません。
けれど人間は、どう生きるか、何を選ぶか、今のままでよいのかをつねにどこかで問われています。
ハイデガーは、この自己関係をもつ存在者だけを特別に取り出して、現存在と呼びました。

ここで見落とせないのが、世界内存在(In-der-Welt-sein)という規定です。
人間は、まず世界から切り離された内面や主観として存在し、そのあとで外界へ出ていくのではありません。
すでに世界のただなかで、物や人や仕事や約束に関わりながら在る。
ハイデガーはこの事実を、人間の付随的な状態ではなく、現存在の基本構造として捉えました。
つまり「世界の中にいる」というのは地理的な位置の話ではなく、意味の網の目のなかで生きているという存在論的な記述なのです。

このとき世界は、物体の寄せ集めではありません。
世界とは、現存在にとってすでに開けている意味連関です。
部屋にある椅子、机、パソコン、時計は、まず中立な物として並んでいるのではなく、座る、書く、調べる、時間を気にする、といった関わりのなかで立ち現れます。
前のセクションで触れたように、世界は対象の集合より先に、関心と用途の秩序として開けているのです。

筆者がこの点をいちばん実感するのは、家を出る直前に鍵を探す場面です。
そのとき鍵は、長さや重さをもつ金属片として見えているのではありません。
玄関を施錠して外出するための道具として、すでに切迫した意味を帯びています。
机の上にない、鞄の内ポケットにもない、その焦りのなかで鍵は「ただ存在する物」ではなく、「いま必要なもの」として迫ってきます。
ハイデガーの言う世界内存在とは、こうした実感を哲学的に言い当てる語です。

このことは、道具の世界を考えるといっそう明瞭になります。
ドアノブは、まず円筒形の金属部品として与えられるのではなく、「回して出るためのもの」として出会われます。
ハイデガーは、こうした道具の出会われ方を、対象を眺める認識よりも手前にあるものとして捉えました。
世界は最初から、役立ち、用途、目的、連携というかたちで組織されている。
だから現存在は、孤立した主観ではなく、意味の先行する世界に開かれた存在なのです。

実例で説明

現代の例で言えば、スマホはこの構造を理解する格好の題材です。
スマホを手に取るとき、私たちはたいてい、それをガラスと金属の塊として見ていません。
連絡を返す、地図を確かめる、予定を確認する、遅刻しそうな相手にメッセージを送る。
そうした関心の網の目のなかで、スマホはすでに意味づけられています。
通知欄に未読が見えた瞬間、そこには「発光する長方形の物体」があるのではなく、「返事を要する連絡」があるのです。

この点は、ハイデガーの道具論で知られるハンマーの例と重なります。
釘を打っている最中、ハンマーは観察対象として前に置かれているのではなく、作業の流れのうちに溶け込んでいます。
手に馴染み、釘を打つという用件のなかで働いているかぎり、ハンマーは手持ち的(Zuhanden)に出会われています。
ところが柄が折れたり、釘がうまく入らず手が止まったりすると、急にそれは「ひとつの物」として目の前にせり出してくる。
このときの出会い方が眼前的(Vorhanden)です。

日常感覚に引き寄せるなら、スマホの画面が突然フリーズした瞬間も似ています。
さっきまでスマホは、連絡する、検索する、予定を確かめるという実践の流れの一部でした。
ところが固まった途端に、それは「反応しない装置」として意識の前に出てきます。
普段は道具として背後に退いていたものが、故障や中断によって物体として浮上する。
ハイデガーは、私たちが世界に出会う基本形を、こうした使用の現場から捉えたのです。

ここで肝心なのは、眼前的な見方が誤りだということではありません。
長さを測る、材質を調べる、構造を分析するという見方も成立します。
ただ、それは最初の出会い方ではない。
ハイデガーが示したかったのは、対象としての認識は、もっと根底にある実践的な関わりから派生するという順序です。
人間はまず「見る主体」ではなく、「関わる存在」として世界のなかに投げ入れられている。
そのことが、現存在を世界内存在として捉える意味です。

原典引用計画

Das Sein des Daseins liegt in seiner Existenz.

日本語では「現存在の存在は、その実存のうちに存する」と訳されることが多い一文です。
この命題は存在と時間の重要な箇所として広く参照されています。
ただし、章・節番号や頁は版や訳書によって異なることがあるため、引用する際は必ず使用する版(原典の版または邦訳の訳者・出版社・刊行年・頁)を明記してください。
本文ではドイツ語原文を先に示し、そのあとに日本語訳を添え、注に版情報を付す構成を推奨します。

日常性・ひと(das Man)・不安

日常性の分析

ハイデッガーが鋭く見抜いたのは、私たちが普段自分を「主体」として意識的に操作しながら生きているのではなく、まずは用事や仕事や人間関係の流れに没入して生きているという事実です。
朝起きて予定を確認し、返信をし、会議に出て、締切に追われ、帰りに買い物をする──その一つひとつで、私たちは対象を冷静に眺める以前に、すでに用件の網のなかに巻き込まれています。
ハイデッガーの日常性の分析は、この「没入した生」の手触りを哲学的語彙で描き出す試みです。

好奇心は、次々と新しいものへ目を向ける動きです。
ただしここで言う好奇心は、対象に腰を据えて関わる探究心とは少し違います。
つぎの話題、つぎの炎上、つぎの見出しへと移り続け、どこにも留まらない落ち着きのなさです。
タイムラインを眺めているうちに、どの話題にも一瞬だけ反応し、どれも自分の問題としては受け取っていない、という状態はよくあります。
曖昧さは、その結果として、わかったつもりとわかっていないことの境目がぼやけることです。
みんなが語っているので、自分も理解している気になる。
しかし、いざ「あなたはどう考えるのか」と問われると、急に足場がなくなる。
この曖昧さこそ、「ひと」が作り出す平均化の力です。

ここで見えてくるのは、日常性それ自体が悪だという話ではないという点です。
私たちは日常を生きるほかありませんし、日常の段取りや慣習があるから社会生活は回ります。
ただ、そこに没入していると、自分の生を自分で引き受けているつもりが、じつは「みんな」の判断のなかで代行されていることに気づきにくくなる。
ハイデガーは、その見えにくさを暴き出そうとしたのです。

不安(Angst)と恐怖(Furcht)の違いを定義

この日常性に亀裂を入れる気分として、ハイデガーは不安(Angst)を重視しました。
ここで区別しなければならないのが、恐怖(Furcht)との違いです。
恐怖は、何か特定の対象に向けられた情動です。
たとえば夜道で犬に吠えられたとき、私たちはその犬を怖がります。
対象がはっきりしているので、避ける、逃げる、距離を取るといった反応も定まります。
恐怖は「何を怖れているのか」が言える感情です。

それに対して不安は、対象が定まりません。
何が怖いのかと問われても、うまく指し示せない。
それなのに、足元の世界全体が急に頼りなくなり、ふだん自明だった意味のつながりがほどけていく。
仕事も予定も人間関係も、その瞬間には「それで、だから何なのか」という空洞を露わにします。
不安とは、特定の何かが襲ってくる感情ではなく、世界そのものがよそよそしくなり、自分の存在の置き場がぐらつく気分なのです。

この違いは、日常の体感に引き寄せるとよくわかります。
夜道で犬に吠えられるのは恐怖です。
原因も対象もはっきりしているので、身体は即座に身構えます。
ところが、試験を終えて帰る道すがら、急に理由のない空虚さに襲われることがあります。
解放感が来るはずの場面なのに、ふいに「自分は何のためにここにいるのか」と足が止まる。
周囲の景色はさっきまでと変わっていないのに、世界全体の意味が一段剥がれたように感じられる。
この根拠のなさと全体性が、不安の特徴です。

筆者自身、試験後の夕方の帰り道に、それに近い感覚を覚えたことがあります。
問題を解き終え、教室を出て、駅までの道を歩いているだけなのに、達成感とも失敗感とも違う空白が胸に広がるのです。
何か具体的な失敗を恐れているわけではありません。
むしろ、いままで自分を前へ押していた「次はこれをやる」「これが終われば先へ進める」という意味づけがいったん切れ、世界が静かに遠のく。
そのとき、自分が日々の課題や予定に支えられて立っていたことが逆に見えてきます。
不安は苦しい気分ですが、同時に、日常の自明性をはぎ取り、自分の在り方そのものを露わにする契機でもあります。

ハイデガーが不安を特別視したのは、この気分がdas Manの支配をゆるめるからです。
「みんなそうしているから」という足場が、不安のなかでは急に効力を失います。
世間の評価、流行の論調、前例への追随は、日常では強い現実性をもっていますが、不安の只中ではその輪郭が薄れます。
そして、自分はほんとうはどう生きるのか、何を引き受けるのかという問いが、代理不能なかたちで立ち上がる。
恐怖が対象から身を守らせる感情だとすれば、不安は自分の存在そのものへ向き返させる気分だと言えます。

この意味で、不安は単なる心理的な不調の記述ではありません。
ハイデガーにとってそれは、現存在が日常の平均化からいったん引きはがされ、自分の可能性を自分のものとして受け取る入口でした。
日常性の分析と不安の議論が存在と時間で並んでいるのは偶然ではありません。
私たちがふだん、どれほど深く「ひと」によって生きているかは、不安によってその足場が外れたとき、かえって鮮明になるのです。

死への存在と本来性

ここで存在と時間の核心として避けて通れないのが、死への存在(Sein-zum-Tode)です。
この語だけが独り歩きすると、ハイデガーは「死をいつも考えて暗く生きよ」と言っているかのように読まれがちですが、実際の論点はもっと厳密です。
彼が問題にしたのは、死を人生の終点にある一つの出来事として眺めることではありません。
そうではなく、死とは、現存在がつねにすでに自分自身のものとして引き受けざるをえない可能性だ、という点です。

死は「いつか起こる出来事」ではなく、自己固有の可能性である

日常的な理解では、死はしばしば「まだ先にある出来事」です。
今は生きていて、ある時点で死が起こる、と私たちは考えます。
この見方では、死は未来のある一点に置かれたイベントのように扱われます。
しかしハイデガーは、その理解では死の本質を取り逃がすと考えました。
死は、交通事故や病気のように外からやって来る単なる事実ではありません。
死とは、誰にも代理されず、代わりに引き受けてもらうこともできない、自分固有の可能性です。

この「可能性」という言い方が肝心です。
まだ現実化していないという意味での可能性ではありますが、それは単なる選択肢の一つという意味に還元されません。
進学や転職といった可能性は選ばないこともできますが、死は生きているかぎりつねに自分に属する固有の可能性として付きまといます。

前節で見た不安が、世界の自明さをゆるがせる気分だとすれば、死への存在は、その揺らぎのなかで露わになるもっとも固有な可能性の輪郭です。
人は他人の死を目撃できますし、葬儀にも立ち会えます。
しかし、その経験から分かるのはせいぜい「人は死ぬ」という一般論です。
自分が死ぬということは、一般論として知るだけでは足りません。
そこには、「みんな死ぬのだから自分もいつか死ぬ」という平均化された理解では届かない、切迫した固有性があります。

先駆的決意と本来性の輪郭

この固有性を、先に回って引き受ける仕方を、ハイデガーは先駆的決意として捉えました。
死に向かって先取りする、というと挑発的に聞こえますが、ここで言う先取りとは、死を早めることでも、死の情景を想像してふさぎ込むことでもありません。
自分の生が有限であり、しかもその有限性は誰にも代わってもらえないという事実を、逃げずに引き受けることです。
そのとき現存在は、世間があらかじめ用意した「だいたいこう生きるものだ」という平均的な生き方から、いったん距離を取ることができます。

この文脈で語られるのが本来性です。
ただし、この語は現代語の「自分らしく生きる」に引き寄せると、ほぼ確実に誤読します。
ハイデガーの本来性は、自己啓発の文脈で言われる「好きなことを見つけて、他人に縛られず、いきいきと個性を発揮する」といった意味ではありません。
むしろ逆で、本来性とは、死の固有性の前で、自分の可能性を言い訳なしに引き受ける厳しい契機です。
そこには明るい自己実現のイメージより、有限な生を背負う緊張があるのです。

筆者がこのニュアンスを実感したのは、進路を決める場面でした。
周囲には「皆が行くから」「そのほうが無難だから」という空気がはっきりありました。
その道を選べば説明も通りやすく、反対する人も少ない。
けれど、ある時ふと、そこで自分が引き受けているのは決断そのものではなく、失敗したときの責任を世間に薄く分散させるやり方ではないか、と感じたのです。
結局筆者は、多くの人が選ぶ道ではない進路を選びましたが、その決断が特別に「自分らしかった」からではありません。
失敗するかもしれないこと、遠回りになるかもしれないことも含めて、これは自分の生の一回性のなかで自分が負うしかない、と腹をくくった瞬間があった。
その張りつめた感覚のほうが、ハイデガーの言う本来性には近いと思います。
筆者がこのニュアンスを実感したのは進路を決める場面でした。
周囲の雰囲気は「皆が行くから」「そのほうが無難だから」といったもので、選択は既成の道へ引き寄せられがちです。
あるとき、自分がしているのは単に決断をすることではなく、失敗の責任を世間に薄めるやり方なのではないかと気づきました。
結果的に筆者は多くの人が選ぶ道とは異なる進路を選びましたが、その選択が特別に「自分らしい」からではありません。
失敗や遠回りも含めて自分が引き受けるしかない、と腹をくくった瞬間があったのです。
この張りつめた感覚が、ハイデッガーの言う本来性に近いと感じます。

本来性は「迎合しない人が正しい」という意味ではない

ここで誤読を避けておきたい点があります。
ハイデガーは、周囲に迎合しない人がつねに正しい、と言っているわけではありません。
多数派に反対すること自体が本来的なのでもありません。
世間に逆らう姿勢それ自体を価値づけるなら、それもまた別のかたちの没個性になりえます。
「みんなに合わせる」の反対側に、「何でも逆張りする」という平均的な型ができるだけです。

また、本来性は日常を捨てて非日常へ逃げ込むことでもありません。
仕事をし、約束を守り、家族や同僚と関わり、社会の制度のなかで暮らすという日常性そのものは消えません。
焦点になるのは、その日常をどう取り戻すかです。
das Man のなかで何となく与えられた役割として日常をこなすのか、それとも自分の有限性を引き受けたうえで、同じ仕事や同じ人間関係に戻っていくのか。
この差が、本来的/非本来的という区別の核にあります。

ℹ️ Note

本来性は、性格診断のように「本来的な人」と「そうでない人」を分類する概念ではありません。あくまで、現存在が自分の可能性にどう関わるかという存在様式の違いです。

この意味で、死への存在は生の否定ではなく、むしろ生を散漫なまま先延ばしにしないための構えです。
死を自己固有の可能性として引き受けるとき、現存在ははじめて、自分の時間が無限にあるわけではないことを知ります。
そしてそのことが、選択の一つひとつを世間の平均値ではなく、自分の引き受けるべき可能性として際立たせるのです。
ここから存在と時間は、死の分析を経て、現存在の時間性そのものへと踏み込んでいきます。

時間性(Zeitlichkeit)とは何か|なぜ書名が存在と時間なのか

ここで時間という語の意味が、日常語から大きく切り替わります。
ふつう私たちは時間と言うと、過去・現在・未来が一直線に並び、時計やカレンダーで測られるものを思い浮かべます。
けれどハイデガーが存在と時間で掘り下げるのは、そうした時刻の配列ではありません。
彼が問題にしたのは、現存在そのものが時間的に成り立っているということ、つまり時間が現存在の外側にある容器ではなく、その存在構造そのものだという点です。
この意味での時間が、時間性(Zeitlichkeit)です。

時間は「流れるもの」ではなく、現存在の組み立てである

時間性を理解する鍵は、過去・現在・未来を三つの箱のように並べないことです。
ハイデガーにとって、現存在はまず未来へ向かって自分を投げ出しています。
自分は何者になるのか、何を引き受けるのか、どこへ進むのかという投企が、存在の前面にあります。
とはいえ、その未来志向は、白紙の地点から始まるわけではありません。
私たちはつねに、すでにある家庭環境、言語、教育、身体、時代、偶然の出会いの中へと投げ込まれている。
これが被投の次元です。
そして、そうした未来への投企と、すでにそうであるという既往とが交差するところで、いま目の前の仕事や相手や道具にかかわっている。
これが現在の次元ですが、単なる「今この瞬間」ではなく、ハイデガーはこれを頓在として捉えます。

したがって、時間性とは、未来・既往・現前が横並びに置かれた図式ではなく、未来は投企、既往は被投、現前は頓在として互いに浸透しあう存在の運動です。
未来がまず先にあり、その未来が現在の行為を方向づけ、さらに過去がその方向づけの条件と重みを与える。
私たちはつねにこの連関の中で生きています。
時間は、あとから意識の中に表象されるのではなく、現存在のあり方としてすでに働いているのです。

筆者がこの点を腑に落としたのは、締切のある原稿仕事をまとめて抱えたときでした。
作業に取りかかる瞬間、目の前にあるのは「いまの一時間」だけではありません。
先にある締切日、そこまでに終えていなければならない構成確認、さらにその前に必要な読書とメモ整理が、現在の机上をすでに編成しています。
未来のゴールが先に立ち、その未来から逆算されるかたちで、今日どこまで進めるか、今夜は何を削るか、いま何を優先するかが決まっていく。
この経験を通じて、時計の針がただ流れているから計画が立つのではなく、先の可能性が現在を組織するからこそ「時間」が意味を持つのだと実感しました。
ハイデガーが時間性を本源的だと考えた理由は、まさにこの構造にあります。

有限性が時間性の核心にある

ただし、この未来志向は、単に目標設定の話では終わりません。
前節で見た死への存在がここで決定的になります。
現存在は、自分の可能性を無限に先延ばしできる存在ではありません。
死を先取りすることによって、自分の可能性にはつねに期限が刻まれていることが露わになります。
ここでの期限とは、手帳に書かれた日付ではなく、生が有限であるという根本条件です。

この有限性があるからこそ、可能性の選び取りには切迫が生まれます。
いつでもやり直せる、いずれ決めればよい、無数の機会が続いていく、という前提は崩れます。
現存在は、限られた生の中で、ある可能性を選ぶと同時に別の可能性を捨てながら生きている。
時間性の核心はこの点にあります。
未来は無限の空白ではなく、死によって限界づけられた未来です。
だからこそ、現在の行為はただ「起こっている」のではなく、選び取られ、引き受けられ、重みをもつのです。

この見方に立つと、私たちが日常で使っている時計時間は、本源的な時間そのものではなく、その上に成り立つ派生的なものとして理解されます。
会議が何時から始まるか、電車が何分遅れているか、締切まで何日あるかといった世界時間は、もちろん日常生活に欠かせません。
けれど、その時刻が意味をもつのは、すでに私たちが未来へ向かって自己を企て、過去を背負い、いま何かに従事しているからです。
時計が先にあって生が組み立てられるのではなく、時間的な存在構造をもつ現存在がいるから、時計時間が世界の中で意味をもつ
存在と時間という書名が単なる主題の並記ではなく、存在の意味へ迫る通路として時間性が据えられているのはこのためです。

日常の約束や後悔が示す時間性

この考え方は抽象理論に見えて、じつは日常の経験にそのまま現れています。
たとえば、来週の大事な約束があるとします。
その約束はまだ起きていませんが、起きていない未来の出来事が、今日の行動を変えます。
服を準備し、移動経路を確認し、ほかの予定を空ける。
未来はまだ「ない」にもかかわらず、現在を現に方向づけています。
これは、未来が単なる未到来の一点ではなく、現存在の投企としていまを構成していることの身近な表れです。

逆に、過去も、単に過ぎ去って消えたものではありません。
以前の失敗や後悔は、その出来事自体が終わっていても、現在の自己理解を作り変え続けます。
ある選択を悔やんだ経験のあとでは、同じ出来事が「若かった頃の失敗」ではなく、「自分の判断の癖を露わにした出来事」として読み替えられることがあります。
過去は倉庫に保管された事実ではなく、いまの生の中で引き受け直され、解釈され直される既往なのです。

こうして見ると、「いま何時か」という問いは、人間の時間経験の最表面にすぎません。
時刻は、約束、仕事、待機、回想、決断といった実存的な時間づけの上で、はじめて必要になる表示です。
ハイデガーはこの順序を逆転させません。
日常では時計時間のほうが先に見えますが、哲学的には、それを成り立たせている深い層に時間性がある。
存在と時間という題名は、存在を理解する鍵が時間にある、という宣言であり、その時間とは物理的計測の単位ではなく、現存在が有限な可能性として自己を生きる、その根本的なあり方を指しているのです。

存在と時間はなぜ未完なのか

存在と時間が「未完」と言われるのは、単純に途中で筆が止まったからではありません。
刊行されたのは第1部第2編までで、構想上はその先に第1部第3編時間と存在(Zeit und Sein)が置かれていました。
しかし、この中核部分は公刊されませんでした。
しかも後年、1953年の第7版で冒頭にあった「上巻」の表記が削除されます。
これは、当初の構想どおりに続巻が出るという見通しを、ハイデガー自身が維持しなくなったことを示す目印として読まれています。

ここで大切なのは、未完の理由を一つに決めつけないことです。
よくある説明は「後半が書けなかった」というものですが、実際にはそれでは足りません。
ハイデガーは存在と時間前半で、現存在の分析を通じて存在の意味へ進もうとしました。
世界内存在、日常性、不安、死への存在、そして時間性へと進む道筋は、すでにそれ自体で一つの到達点をなしています。
ところが、そこからさらに「存在そのもの」をどう語るかという段階に来ると、従来の形而上学の言語では十分に言えない、という自己評価にぶつかったのです。
存在者について語る語彙で、存在そのものを問おうとすると、問いそのものが再び既成の哲学語に回収されてしまう。
この困難が、未公刊の第3編時間と存在の背後に横たわっています。

そのため、問題は執筆上の遅れというより、方法そのものの再考にありました。
前半で用いた現存在分析を土台にしたまま、存在一般の意味へまっすぐ上昇することができるのか。
この点でハイデガーは自分の出発点を組み替える必要に迫られます。
ここで触れておきたいのが、いわゆる転回(Kehre)です。
これは、前期を捨てて後期へ「宗旨替え」したという意味ではありません。
むしろ、存在と時間で切り開かれた問いを、別の言い方と別の射程で引き受け直す動きです。
現存在の実存論的分析から、存在史、言語、技術の本質へと重心が移っていくのは、その問いを放棄したからではなく、同じ問いを前半の構図だけでは支えきれなくなったからです。

後期思想では、存在はもはや人間の分析からだけでは捉えきれないものとして現れます。
存在の歴史、語りうることの限界、言語が「存在の家」となるという発想、さらには技術的世界理解への批判が前景化します。
存在と時間の続きを探してそのまま後期著作に入ると、論じ方の変化に戸惑うことがありますが、断絶と見るより、問いの深まりと見たほうが筋が通ります。
その橋渡しとして読まれることが多いのが、現象学の根本諸問題やカントと形而上学の問題のような講義録です。
ここでは前期の実存論的分析と、後に前景化する存在の問いとが、まだ強く結びついた形で動いています。

刊行史を踏まえると、読書の見通しも立てやすくなります。
ハイデガーの仕事は、のちにハイデガー全集(GA)として全106巻の規模で編まれ、講義、論文、草稿、講演が広く読めるようになりました。
存在と時間だけを見ると「後半が欠けている本」に見えますが、全集の広がりの中では、未刊だった部分の問題意識が別の講義や後年の論考に散らばりながら展開していることがわかります。
未完は空白であると同時に、思索の方向転換を可視化する痕跡でもあるのです。

筆者自身、この本を読み始めた頃は「続きが読めない」という点にまず落胆しました。
けれども読み返すうちに、その落胆は少し違う形に変わりました。
前半だけでも、ハイデガーはすでに核心まで達しています。
とりわけ時間性の分析によって、存在の問いが人間の生の有限性とどう結びつくかは、決定的なところまで示されています。
未完だから価値が半分になるのではありません。
むしろ、前半部がどこまで到達しているのかを確かめることが、存在と時間を読む最良の案内になります。
読者は「欠けた後半」を惜しむより先に、すでに書かれた部分の密度――現存在が時間的であるとはどういうことか――を掴むことで、この書物の中心に触れられます。

影響と批判|サルトル、ガダマー、デリダ、そして政治的論争

存在と時間の射程は、刊行された部分だけでもその後の思想地図を動かしました。
ただし、その影響は「弟子がそのまま継承した」という単線的なものではありません。
ハイデガーが投げかけたのは、主体・意識・認識から出発する近代哲学の枠組みをずらし、人間をすでに世界の中で意味連関に巻き込まれた存在として捉える視点でした。
この着火点が、実存主義、解釈学、脱構築でそれぞれ別の方向へ展開されていきます。

実存主義への影響と分岐

もっとも広く知られているのは、サルトルへの影響です。
とはいえ、ここは単純化しないほうがよいところです。
ハイデガー自身をそのまま「実存主義者」と呼ぶより、存在と時間が実存主義に大きな影響を与えたと捉えるほうが正確です。
サルトルは、人間があらかじめ固定された本質をもたず、自己の可能性へ向かって生きるという点で、ハイデガーの現存在分析から強い刺激を受けました。
とりわけ「投企」や有限性、日常的な没入からの離脱といった論点は、両者のあいだで響き合います。

筆者自身、サルトルを先に読んでからハイデガーに戻ったとき、「自由」や「投企」という語が思いのほか近い場所にあることにまず目を引かれました。
ところが読み進めると、同じ語彙の近さの奥で、重心がはっきり分かれていると気づきます。
サルトルでは、意識の自由と自己形成が前景に出ます。
他方のハイデガーでは、自由はまず孤立した主観の能力としてではなく、世界内存在として開かれた可能性の引き受けの中で問われます。
似た言葉を追っているつもりが、いつのまにか「自由な主体」から「存在を問い得る現存在」へ視線を移されている。
この読書上のずれは、両者の関係を理解するうえで有益です。

解釈学と脱構築への着火点

ガダマーが受け継いだのは、理解が方法以前に、人間の存在そのものに属するという発想でした。
理解とは、外から対象を眺める認識行為ではなく、すでに世界に参与し、伝統や言語の中で生きている者のあり方そのものである。
ハイデガーが現存在の存在構造として示したこの次元を、ガダマーは歴史性と言語性を軸に展開し、哲学的解釈学へと育てます。
独自なのは、死への存在や本来性よりも、対話、伝統、先入見、地平の融合といった理解の出来事の側面を前面に押し出した点です。
存在論的な分析が、解釈の普遍的条件を考える学として組み替えられたのです。

デリダにおいては、ハイデガーの「存在の問い」が別の仕方で引き継がれます。
西洋形而上学が存在者に偏り、存在そのものの問いを忘れてきたという診断は、デリダにとっても決定的な出発点でした。
ただし、デリダはそこから、起源・現前・中心をめぐる西洋哲学の語りそのものを揺さぶります。
ハイデガーが形而上学の歴史を解体しつつなお「存在」の語を保持しようとしたのに対し、デリダはその語の安定性自体を問いに付します。
継承されているのは、既成の形而上学を内側から掘り崩す姿勢です。
独自化されているのは、その作業を言語、痕跡、差延といった分析へ押し広げたところにあります。

学術的な批判点

もちろん、評価は賛辞だけではありません。
学術的な批判としてまず挙がるのは、文体と概念装置の難解さです。
ハイデガーは既存の哲学語を使いながら意味をずらし、新語や独特の連結語を多用しました。
その結果、概念の精密化と引き換えに、読者に強い読解負荷を課しています。
原語のニュアンスを活かそうとする試みが、そのまま曖昧さを増やしていると見られることもあります。

批判の核心としてしばしば論じられるのが、存在論的差異の扱いです。
存在者と存在を区別することがハイデガーの出発点ですが、その「存在」そのものがどのように語りうるのかは、しばしば不透明です。
存在者についての記述と、存在の意味についての記述がどこで厳密に分かれるのか、その境界が揺れるという指摘は根強くあります。
存在と時間が未完に終わった事情とも、この困難は切り離せません。

現存在分析の普遍性に対する疑義もあります。
ハイデガーは日常性、不安、死、時間性を通じて人間存在の根本構造を描こうとしましたが、その記述は本当に普遍的なのか、ある時代の西欧的・男性的・知識人的経験を一般化していないか、という問いは避けられません。
社会的・身体的・歴史的差異をどこまで受け止めているのか、という批判は、現象学、批判理論、フェミニズム思想などから繰り返し出されています。
人間を「世界内存在」として捉えた功績は大きい一方で、その世界の具体的な権力関係や制度的条件への視線は薄い、という評価もここに含まれます。

政治的論争と責任の問題

思想史上の影響を語るとき、政治的論争を外すことはできません。
ハイデガーは1933年にフライブルク大学総長に就任し、同年にナチ党へ入党しました。
この事実は動かせません。
戦後には教職禁止を受け、その解除は1949年です。
問題は、この経歴をどう評価し、思想内容とどう結びつけるかという点にあります。

ここでは二つの水準を分けて考える必要があります。
一つは、政治的行為と制度的加担の責任です。
総長就任と党入党、大学行政における振る舞い、公的発言の内容は、思想家としてではなく一人の知識人・大学人として問われるべき責任の問題です。
もう一つは、彼の哲学そのものの内部に、ナチズムへ接続しやすい契機があるのかどうかという問題です。
この二つを混同すると、事実認定も思想分析も粗くなります。

責任論の主要な論点は、おおむね次のように整理できます。
第一に、政治的判断の失敗を一時的な逸脱とみるのか、それとも哲学の中心概念と結びついた必然的帰結とみるのか。
第二に、民族、歴史、運命、決断といった語彙が、どの程度まで政治的に危うい方向へ開かれていたのか。
第三に、戦後の自己批判の不足をどう受け止めるかです。
擁護的な読みでは、哲学の中核である存在の問いとナチズムへの加担は区別され、政治的過誤は重大だが思想全体をそれだけで還元できないとされます。
批判的な読みでは、共同体、歴史的使命、反近代主義的な調子が、政治的選択と深く通じ合っていたと見られます。

ℹ️ Note

ハイデガーの思想を評価することと、彼の政治的責任を問うことは、どちらか一方で他方を打ち消す関係にはありません。思想内容の独創性を認めても、1933年の行為の責任は残りますし、政治的責任を厳しく問うても、哲学史上の影響それ自体が消えるわけではありません。

この点で冷静さを保つには、賛美と断罪のどちらにも急がないことが要ります。
存在と時間は、実存主義、解釈学、脱構築を含む20世紀思想に強い着火力をもった書物です。
他方で、その著者が政治的に重大な加担を行ったこともまた消えません。
読む側に求められるのは、思想の内容、方法、限界、そして政治的責任を、それぞれ別の水準で検討しながら相互の関係を見極める姿勢です。
そうしてはじめて、ハイデガーは「偉大な哲学者」か「許しがたい人物」かという二択ではなく、現代思想に深い影響を与えつつ、同時に厳しい批判にさらされ続ける思想家として見えてきます。

まとめ|ハイデガーの存在論を3点で整理する

ハイデガーの存在論は、まず存在者存在を区別し、後者の意味を問うところから始まります。
つぎに、その問いの入口として人間を現存在として捉え、私たちが世界内存在として意味の網の目のなかで生き、日常性、不安、死への存在を通って自分の在り方に向き合う道筋を描きます。
そこで見えてくる鍵が時間性であり、現存在の存在構造そのものが時間的だからこそ、書名が存在と時間でなければならなかったのです。

読む順序に迷うなら、存在者と存在の違い、現存在、世界内存在をまず押さえ、そのあとに不安、死への存在、時間性へ進むと流れが見えてきます。
補助線として形而上学とは何かや形而上学入門を挟み、原典は序論と第一篇を用語の意味を急がず追うのが近道です。
読後には、この三点を自分の言葉で声に出して言えるか確かめてみてください。
そこまで行けば、難解な用語が、たんなる記号ではなく問いの順序としてつながり始めます。

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桐山 哲也

元哲学書編集者。古代ギリシャから近現代まで、哲学史を軸にした思想家解説を専門とします。年間50冊以上の哲学書を読破し、原典にあたることが信条です。

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