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定言命法と仮言命法とは|カント道徳哲学の核心
定言命法は、カントが『道徳形而上学の基礎づけ』や『実践理性批判』で道徳の中心に据えた、無条件の命令である。仮言命法が「もしXしたいならYせよ」という条件付きの指示にとどまるのに対し、定言命法は「~せよ」と、目的に左右されずに行為を求めます。
愛とは何か|エロス・フィリア・アガペーの違い
『愛』は日本語では一語ですが、古代ギリシャ語ではエロス、フィリア、アガペー、そしてストルゲーに分けて捉えられてきました。哲学カフェを主宰していると、参加者から「恋人への愛と親友への愛は同じ愛なのか」と問われ、うまく言葉にできず詰まることがあります。その違いをほどく鍵は、古代ギリシャの語彙にありました。
ストア派とエピクロス派の違い|2つの心の平静
ストア派とエピクロス派は、アレクサンドロス大王の死後に広がったヘレニズム期の不安のただ中で生まれた、ほぼ同時代の兄弟のような思想です。ゼノンとエピクロスは前4世紀末から前3世紀にかけて、それぞれ違う道から「個人がいかに心の平静を保つか」という同じ問いに向き合いました。
社会契約説とは?ホッブズ・ロック・ルソー比較
社会契約説とは、ホッブズリヴァイアサン1651年、ロック統治二論1689年、ルソー社会契約論1762年へと受け継がれた、国家の正当性を神からの授与ではなく人々の合意から説明する近代政治思想です。
美学とは?「美とは何か」を哲学から解説
美学とは、「美とは何か」と「なぜ人は美しいと感じるのか」を問う哲学の一分野であり、学問として確立したのは1750年と意外に新しい。だが、美をめぐる問いそのものは古代ギリシャから約2500年も続いてきたので、私たちが抱きがちな「美学は昔からある芸術論だ」という印象は、ここで少しほどけます。
三段論法とは?演繹・帰納との違い
三段論法とは、アリストテレスが古代ギリシャで体系化した、二つの前提から一つの結論を導く推論の型です。哲学カフェで参加者の主張を聞いていると、形はきれいに三段論法なのに、「その大前提は本当にいつも成り立つのか」で崩れる場面が驚くほど多く見られます。
論理的誤謬と詭弁の違い|代表14例と見抜き方
論理的誤謬は、もっともらしく見えるのに推論のどこかが飛んでいる考え方であり、詭弁はそれを意図的に使って相手を言いくるめる論法である。会議やSNSで「なんとなく言い負かされたのに、どこがおかしいのか言葉にできない」と感じるのは、その型に名前がないまま押し切られてしまうからだ。
禅の思想とは?歴史と核心をやさしく解説
禅は、南インドの菩提達磨が6世紀初めに中国へ渡って以来、唐代の六祖慧能(638〜713年)によって一つの教団として確立していった仏教の一派です。経典の学習だけではなく坐禅による直接体験を重んじ、達磨に帰せられる四聖句「不立文字・教外別伝・直指人心・見性成仏」に、その思想の骨格がはっきり表れています。
哲学史の流れ|問いの変遷でつかむ全体像
哲学史は、タレスが前6世紀前半のミレトスで神話的説明を退け、「万物の根源は何か」と理性で問うた瞬間から始まる、問いの連鎖の歴史です。ソクラテスが自然から人間と徳へ視線を移し、プラトン、アリストテレス、中世のトマス・アクィナス、近代のデカルトとカントへと受け継がれていく流れを、
インド哲学入門|六派と輪廻・解脱の基礎
インド哲学は、紀元前1500年頃に成立したヴェーダを源流に、約3000年にわたって発展してきた思想体系です。西洋哲学が「真理を知ること」を軸にしやすいのに対し、インド哲学は輪廻の苦しみからの解放、すなわち解脱へ向かう知を重んじます。
哲学書の読み方|挫折しない3層読書術と選び方
哲学書は、難しいから挫折するのではなく、読み方を知らないまま原典に向かうからつまずく本である。実際、実存や観念のように日常語が専門用語として使われ、論証の前提が省略され、さらに哲学史の知識が足りないと、1時間に1〜5ページしか進まないことも珍しくありません。
ギュゲスの指輪とは?正義の正体を問う思考実験
ギュゲスの指輪は、プラトン国家第2巻に登場する約2400年前の思考実験である。語り手はソクラテスの議論相手グラウコンで、地中で見つけた指輪をはめると誰にも見つからなくなる羊飼いの物語を通して、「何をしても誰にもバレないなら、人は正しくいられるのか」という問いを投げかけます。